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 連載コラム -赤脚医生- 【エフドットコム】 一億円の微笑み



1970年代、中国。
四川省の貧しい無医村に、一人の若い女医が誕生しました。


彼女の名前は李宝珠といい、独学で習得した医学を持って農村に入り、農作業を
しながら地域の医者としてたった一人、四千人の村で医療活動を始めました。
このような医者を中国では「赤脚医生」(せっきゃくいせい)と呼び、日本では
「はだしの医者」と訳されています。

彼女は村人の健康と幸せのため、細く痩せている体に大きな医療かばんを背負って、
毎日村落を駆け回り献身的に働き、村人との大きな信頼を得ている事となったのです。
そのときの「赤脚医生」李宝珠は、今、日本にいます。

国境を超え、より多くの人々に「健康と幸せ」を届けたい!そんな想いを胸に
力強く一歩を踏み出した「李宝珠」の感動のコラムをお届けします。

 



連載コラム 第1回

その昔、中国の寒村に、たった一人の医師として奮闘していた十八歳の少女がいた。

「先生、起きてくださいっ!大変なんですっ!」

激しく戸をたたく音で、その朝、李宝珠は飛び起きた。寝ている間にけとばしてしまったのか、
薄い布団は足元に追いやられていた。

「誰だろう、いま時分‥?」

名前が頭に浮かぶ前に、体が条件反射的にドアのほうに向かっていた。
建付けの悪いドアを慌てて開けると、そこに立っていたのは個人的にも親しくしている陳建英だった。
いつもは穏やかな笑みを絶やさない建英だが、息を切らし、顔はこわばっている。

「先生、どうしよう。姪の、姪の香雲が変なんですっ。
一昨日の夜から下痢がとまらなくて。呼びかけても返事をしな・・・・・」


「すぐ行くっ!」

最後まで聞かないうちに、宝珠は部屋にとって返した。香雲はまだ5歳。大人と違って体力も抵抗力もない。早く処置をしなければ死に至る可能性もある。治療に必要な道具は、いつもまとめてカバンの中だ。宝珠はすぐさまカバンを持ち、建英とともに部屋を飛び出した。建英の家まで約2キロ。外はまだ薄暗く、夜が明けるまであと数時間はかかりそうだ。

1966年に始まり、10年も続いた文化大革命時代。18歳の宝珠が、四川省の成都から66キロ離れた人口4000人の村に、たった1人の医者として住みだしてから3カ月が過ぎようとしていた。宝珠の医学知識は学校で習ったものではない。何冊もの医学書をさらい、成都の病院で3、4年間治療の手伝いをしながら身につけたものだが、それまで医者が1人もいなかったこの村では今や欠かせない存在になっていた。 

過酷な労働に対し食事はわずかなご飯を1日に1、2食、衛生状態が決していいとはいえない環境の中で暮らす農民ばかりのこの地では、栄養失調や下痢で倒れる子供や老人が多い。早朝だろうと深夜だろうと、急患が出れば走ってかけつけ、治療をほどこすのが宝珠の使命だった。

建英の家に着くと、物音を聞きつけたのか、香雲の父親の建強が転がるようにして出てきた。髪の毛は乱れ、目は真っ赤だ。

「早く、早く、香雲を診てください」  

手を引っ張られながら、宝珠は部屋に入った。薬草でも煎じているのか、部屋の中は独特のにおいが満ちている。

部屋には何人もの人が集っており、その真ん中で大きな布団に寝かされた小さな香雲がいた。
母親の柳氏が香雲の手を握りながら、「先生が来たからもう大丈夫だからね。苦しくなくなるからね」と
話しかけているが、香雲の反応はない。

「下痢はいつからなの?」

宝珠は柳氏に問うたが、その声は耳に届かないようだった。隣りにいた建英が代わりに答える。  

「一昨日の昼くらいからお腹が痛いって急に苦しみだしたんです。
その夜から下痢を起こすようになりました。下痢にいいと言われる薬草を煎じて飲ませたんだけど、
一向に効かないの」


「吐いたりはしなかった?」

「え、ああそういえば何回も吐いたわ。最初は緑色だったのが、だんだん吐いたものに赤い色が混じるようになってきて。息もハアハアしていて…」  

宝珠が香雲の額に手を置いた。焼けるように熱い。
汗でぬれた額とは対照的に、香雲の唇はカサカサに乾燥し、目のまわりがくぼんでしまっている。

「香雲ちゃん‥」

そっと呼びかけたが、まったく返事はない。体はグッタリとしているが、時々ビクッビクッとけいれんを起こす。

「ひどい脱水症状を起こしている。点滴をしなければ助からない…」

点滴の道具は持ってきているが、問題は消毒方法だ。
成都の病院とは違ってここには点滴を消毒する道具や機械などない。

「どうしよう……」

そんなとき、宝珠の目に付いたのが大きな鉄鍋だった。
当時はどの家庭にも子供ならすっぽり入ってしまうほどの大きい鉄鍋があり、
これで1家族分の食事をまとめて作っていた。

「この鉄鍋を大急ぎで洗ってちょうだい!洗い終わったら鍋に半分ほど水を入れて、沸騰させて」

沸騰したところに点滴の道具を入れ、鉄鍋の蓋をし、熱湯と蒸気で消毒する。これで点滴の準備は完了だ。

一方、香雲の周りではひと騒動が起きていた。柳氏が点滴をすることに激しく反対していたのだ。村人たちにとって「病気を治す」というのは、すなわち「薬草を用いる」ということ。都市部では当たり前になっていた注射や点滴だが、村ではまるで未知のものだ。針を頭に刺し、何やらよく分からない液体を注入されることに恐怖を感じるのは当然だった。ましてやそれをされるのが幼いわが子なら、なおさらだ。

「先生、お願いです。点滴なんてそんなよく分からないことしないでください。そんなことしたら香雲が死んでしまうかもしれないじゃないですか!」  

「でもお母さん、点滴をしないと脱水症状で香雲ちゃんは確実に危ない状態になりますよ。香雲ちゃんを助けるには絶対に点滴が必要なんです」  

10分、20分。点滴はポタッポタッと落ちていく。柳氏は泣きつかれたのか建強に肩を抱かれながら呆然としている。
部屋には宝珠や建英、建強、柳氏以外に5、6人の近所の人がいたが、みな一様に心配そうな表情で、
押し黙っていた。  

宝珠は祈るような気持ちで香雲を見つめていた。

「あれ以外に適切な処置はなかった‥なかったはずだ」  

そう思いながらも、心の一方では、  

「もっとほかに出来ることがあったんじゃないかしら。どうしてもっと早く来てあげられなかったんだろう」  

という気持ちが沸いてくる。 成都の病院で働いていたときも、必死の治療にかかわらず命尽きてしまう患者を何人も見てきた。しかし、一向に患者が死ぬということに宝珠は慣れることができない。
100%完璧な治療なんてないと分かっていながらも、どうしても「あれをすればよかったんじゃないか」
「この方法なら助かったんじゃないか」と自分を責めてしまうのだ。

30分が過ぎた。そのとき宝珠は、香雲が唇をかすかに動かすのを目にした。  

近寄って見ると、点滴をする前まではカサカサしていた唇やほっぺたが潤っている。
荒かった呼吸も少し落ち着いている。  

「お母さん、香雲ちゃん、確実に回復に向かっていますよ!」

柳氏はワッと泣き出した。建強の目も涙でうるんでいる。

それから約2時間半。香雲の呼吸はスースーと穏やかなものに変わっていた。  

「あっ、もしかして……」  

宝珠がそっと香雲のお尻のあたりの布団を触ってみると、ジットリと濡れている。  

「おしっこが出たんだ…。もうこれで大丈夫。お母さん、お父さん、香雲ちゃんはもう心配ないですからね」  

香雲が目を覚ましたときに飲む薬を建英に渡し、宝珠は治療道具が詰まったカバンを持って外に出た。
すでに夜は明けている。

「今日もがんばらなきゃ」  

そうつぶやき、朝日がふりそそぐ道を宝珠はゆっくりと歩き出した。


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●李宝珠 <リホウジュ>

中国四川省出身。中学時代から大病院で看護婦長の助手として、無償で働きながら医学を学ぶ。高校卒業後、人口4000人の寒村で働くことになるが、農作業の合間に怪我した農民の手当てや治療をしたことがきっかけで、農民から「赤脚医生」(=裸足の医者の意。地方で農作業をしながら医療活動を行う医者のこと)として絶大な信頼を寄せられるようになる。4年間にわたり、無医村であったその地でたった1人、内科、外科、産婦人科、小児科とあらゆる分野の医療活動を行った。
1993年にハチの子の健康食品を日本に紹介。その社会への貢献が認められ、2007年6月に元皇族伏見博士明殿下が総裁を勤める日本文化振興会より社会文化功労賞を受賞。現在、漢方の素材を使った健康食品を日本に販売する会社「(株)シンギー」の社長を務める。


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