その昔、中国の寒村に、たった一人の医師として奮闘していた十八歳の少女がいた。
「どうしてなのかなぁ。蜂の子がこんなに効くなんて、いくら考えても理由がわからない……」
李宝珠は、趙さんの作業の片付けを手伝いながらその日何度目かになる言葉を口にした。養蜂農家の趙さんが隣の家にやって来てからというもの診察の終わりに趙さんの家に寄っておしゃべりを楽しむのが、宝珠の日課になっていた。
「李先生はここんとこそればっかり。今晩だってさっきウチに来てからもう5回も言っているよ」
「だって趙さん、違うジャンルの病気をひとつの薬で治すなんて西洋医学だったら考えられないのよ。だけど蜂の子は、肺病、婦人病、関節病、おまけにメニエール病まで全部治しちゃった。どうしてかなぁ。ああ、それがわかればなあ」
父のように年の離れた趙さんは、宝珠にとって信頼し相談できる人のひとり。彼には何でも思っていることを話すことができた。ここ数日ずっと宝珠の頭にあったのは、「蜂の子をもっと多くの病人の役に立てることができないか」ということ。
結核の薬「ストレプトマイシン」でも治らなかった患者が蜂の子でみるみる元気になったのをきっかけに、宝珠にとって蜂の子は治療に欠かせないもののひとつになっていた。さらに宝珠は、蜂の子で症状が改善する患者を何人も見ているうちに、「自分たちだけのものにしておくのはもったいない。国にとっても損失なんじゃないのか」と考えるようになっていたのだ。
「先生には負けるね。でも私も、どうして蜂の子がいろんな病気に効くのか分からないんだよ。ずっとずっと昔から伝わってきた秘薬だからね」
「うん、でもどこかにヒントがあると思うのよね。蜂の子だっから何でもいいわけじゃない、生後21日目のオスじゃないとダメなんでしょ?そこに理由があるんじゃないかなあ」
「そうかもしれないねえ。よし、じゃあとにかく蜂の一生についてでも話そうか」
宝珠は思わず身を乗り出した。
「蜂の世界は女の世界なんだよ。女王蜂は女だし、働き蜂もみんな女なんだ」
「じゃあ、オスの蜂は何をしているの?」
「オスの蜂は、ただ食べて遊んでいるだけ」
「えーっ!そんなの人間の世界と同じじゃない。ウチの村だって、働いているのは女だけで、男はタバコをくわえてブラブラしているだけだよ。
10歳くらいのちっちゃな女の子まで冷たい田んぼの中に入って働いているっていうのに、まったくもう、どの世界も男は役立たずなんだから」
なおもブツブツ文句を言い続ける宝珠を見て、趙は腹を抱えて笑った。
「まあ、まあ、あんまりそう言わないでおくれよ。村の男たちが気の毒になっちゃうから。でもね、オスは働きもしないのに、メス蜂の3倍の量のご飯を食べているんだ。そのご飯はローヤルゼリー、ハチミツ、ハチ花粉もあるんだよ。だから体も1.5倍大きいんだ。何のために体を大きくするんだと思う?」
「・・・・交尾のため?」
「そう、その通り!オス蜂はね、女王蜂の「処女飛び」を待っているんだよ。力を蓄えてね。」
――ある一定の時期が来ると、女王蜂は交尾のために巣から飛び出し、上空へと高く高く舞い上がる。これが「処女飛び」だ。オス蜂は女王蜂を一斉に追いかける。弱いものは途中で力尽きて地上に落ちていき、何百匹といたオス蜂はやがて100匹になり、50匹になり、そして数十匹にまで減る。
「それでも女王蜂は上へと飛んでいくのをやめないんでよ。オス蜂が数匹になり、最後の1匹になるまでね。一番高くまで飛ぶことのできたオス蜂は、すべてのオス蜂の中で最も強い蜂。
女王蜂はその、最も強いオス蜂と空中交尾をするんだ。このオス蜂も、交尾が終わったら死んでしまう」
「そのあと女王蜂は卵を産むのね」
「女王蜂の寿命は5、6年なんだけど、その間毎日3000個もの卵を産む。これがほとんど有精卵なんだ。」
「すごい!やっぱり女王蜂が一番すごいんじゃない?」
趙は笑って答えた。「ところがそうじゃないんだ。一番すごいのは女王蜂じゃなくてオス蜂なんだよ。」
「え?どうして?」
「オス蜂は、一生かけて栄養を蓄えて、それをギュッと凝縮しているんだ。その精力を交尾のとき女王蜂の体の中に注入するんだよ。女王蜂はオスのエキスをもらうことで、普通のメス蜂と別格になって、寿命が
5、6年にもなるんだ。そして毎日卵が産めるようになるんだよ。つまり、オス蜂あっての女王蜂なんだよ。」
「へぇ、そうなんだ!」宝珠は驚きと感心とで、思わず大きな声を出した。
「わたしたちが秘薬として食べている蜂の子は、生後21日目のオスだろう?これはサナギになる直前で、一番力を蓄えているときなんだ。子孫を残すのに必要な力が最高に詰まったオスの蜂の子を食べれば、そりゃあどんな病気だって治ると思うんだけどねえ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
文化大革命が終わった。宝珠も4年間の村での生活を終え、都会に戻り、大学での勉強を始めてからも宝珠は蜂の子のことが忘れられなかった。
「趙さんが言っていたように、生後21日目のオスの蜂の子には、子孫を残す強い蜂になるために必要な有効成分がいっぱい詰まっているはずだわ。それが何かを突き止めれば、蜂の子を現代医療にも生かせるはず」
宝珠は学者や研究者など知識人に会うたびに、蜂の子のことを話した。しかし当時は、蜂といばロイヤルゼリーの時代。「蜂の子なんて聞いたことないよ」「ロイヤルゼリーの方がよっぽど効くんじゃない?」と返されるのがオチだった。
結局、興味を示す研究者に出会ったのは、ずいぶん後になってからだった。
「面白そうですね。ぜひ私に調べさせてください」
北京医科大学基礎医学院の王教授からそう言われたとき、宝珠は嬉しさのあまり思わず王教授の手を握りしめてしまった。
「本当にすばらしいものなんです!私は村から帰ってからも蜂の子を取り寄せてずっと飲んでいるんですが、一度も病気になったことがない。徹夜したって、全然平気です。これもみんな蜂の子のお陰なんだと思うんですよ」
王教授のもとには早速、蜂の子の研究を行うための教授、助教授らが20数人集められた。研究結果がひとつ出るたびに、王教授は宝珠のもとに電話をよこした。
「李さん、これは想像以上にすごいものですよ。ラットを使った実験でも、様々な効果が出ています」
脳の神経を切断してボケ状態にしたラットを使った実験では、最初迷路の中をグルグル回るばかりで出口を見つけ出せなかったのが、2週間蜂の子を食べさせると難なく出口を見つけられるようになった。
また、冷たい水の中にラットを入れると寒さと疲れで溺れ死んでしまうが、2週間蜂の子を食べさせたラットは対岸まで泳いでいけた。
「記憶力回復やアルツハイマーなどのボケの治癒、疲労回復などの効果があるようです。これは本当に、すごい発見かもしれませんよ」
・・・・・・しかし、蜂の子を専門に養殖し、製品化して一般の人々も飲めるようになるには、まだまだ長い年月がかかるのでした。
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