http://www.the-f.com
 連載コラム -赤脚医生- 【エフドットコム】 一億円の微笑み



1970年代、中国。
四川省の貧しい無医村に、一人の若い女医が誕生しました。


彼女の名前は李宝珠といい、独学で習得した医学を持って農村に入り、農作業を
しながら地域の医者としてたった一人、四千人の村で医療活動を始めました。
このような医者を中国では「赤脚医生」(せっきゃくいせい)と呼び、日本では
「はだしの医者」と訳されています。

彼女は村人の健康と幸せのため、細く痩せている体に大きな医療かばんを背負って、
毎日村落を駆け回り献身的に働き、村人との大きな信頼を得ている事となったのです。
そのときの「赤脚医生」李宝珠は、今、日本にいます。

国境を超え、より多くの人々に「健康と幸せ」を届けたい!そんな想いを胸に
力強く一歩を踏み出した「李宝珠」の感動のコラムをお届けします。

 



連載コラム 第6回

その昔、中国の寒村にたった一人の医師として奮闘していた十八歳の少女がいた。

その日は春が来たかと思うほどの、暖かい天気だった。前日までの数日間、風邪や肺炎の症状を訴える患者さんで診療所は朝から晩までフル稼働だったが、それがウソのように静かだった。

       ※ ※ ※ ※ ※

「今日はもう患者さんは来ないかなぁ」

フワアと小さくあくびをしながら、李宝珠は診療所の外に出た。昼間、診療以外で診療所の外に出られるのも久しぶりだ。ウーンと思いっきり伸びをしたとき、子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。

宝珠の診療所の裏には小学校があり、診療所のとなりの空地を校庭として使っていた。宝珠が校庭に目をやると、下は6歳から上は12歳くらいまでの子供たちが、歓声をあげながら走り回っていた。まだ季節は冬だというのに、つぎを当てた薄い綿入の上着と、これまた、つぎ当てだらけのズボンだけ。それでもほっぺたを真っ赤にして元気よく遊んでいる姿は、見ているだけで元気が出てくる。

「あっ、宝珠。今日、患者さんは?」

「うん、珍しくだれも来ないの。昨日まではご飯も食べれないほど忙しかったんだけどね」

宝珠にとって、小学校の建英先生は村で一番の大親友だ。話したいことは山ほどある。最近診た患者さんのこと、生まれ育った四川省の成都のこと、子供たちの勉強の進み具合のこと・・・。田んぼの隅っこに立ったまま、二人は無我夢中で話していた、そのときだった。
あれ、あそこで子供たち、何しているんだろう。宝珠がそう思った瞬間、急にバーンと大きな爆発音が響き渡り、ギャーッという、叫び声とも泣き声とも判別できない声が聞こえてきた。爆発音が聞こえた瞬間、宝珠の頭に真っ先に浮かんだのは「まさか爆弾!?」という考えだった。

       ※ ※ ※ ※ ※

とにかく一刻も早く駆けつけなければ!宝珠も、建英も、全速力で子供たちのところに走った。

「どうしたの!」
「先生、先生!」

そこにいる10人くらいの子供たちのだれもが泣きじゃくるばかりでうまく言葉にできない。建英が一生懸命なだめようとしている横で、宝珠の目に飛び込んできたのは、倒れている男の子の姿だった。
慌てて抱き起こす。意識を失ってグッタリしている男の子の顔も、首も、胸の辺りも、そして腕も、真っ赤になっていて皮膚がズルッとむけるような状態だった。

「すごい大火傷!」

子供たちは、どこからか缶詰を見つけてきて、それを食べようと、木で火をおこして温めたのだろう。直接火にかけたため、缶詰が爆発してしまったのだった。

「火傷で怖いのは感染症だわ。とにかく診療所に連れて行かなきゃ!」

宝珠が建英に声をかけようとすると、真っ青な顔の建英がポツリとつぶやいた。

「彼、党支部書記の息子だわ」


「あっ、そういえば、楊昌君だ!」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!早く彼を診療所まで運んで!手当てをしないと危ないのよ!」

       ※ ※ ※ ※ ※

宝珠はピンセットとハサミを取り出し、十分に消毒した後、男の子の大きな水泡から水を取り、むけてしまった皮膚を切り取った。そしてガーゼに消毒液を浸し、血や砂で汚れた男の子の体をきれいにふいていった。それらの行動はほんの10分ほどで行われたことだったが、その間宝珠の頭の中は、今後の治療をどうすればいいか、そればかりを考えていた。
    
「こんなに広範囲の火傷だと、応急処置だけじゃ済まないわ。都会の病院だったら無菌室の中で治療を行うのだけど、ここじゃあ無菌状態なんて作れない。どうしよう!」
宝珠は、これまでに読んだ医学書をひとつひとつ思い出していた。

それこそ東洋医学から西洋医学まで。黙り込んだ宝珠に気を遣い、建英もひと言も話しかけてこない。
5分ほど沈黙していただろうか、「あっ」っと突然宝珠が大声を上げた。
    
「いい方法を思い出したわっ。でもね建英、それに必要なものが今はこの診療所にないの。私、今からそれを取りに行ってくるから、あなた、ここで揚昌君の看病をしていて!」
    
宝珠が思い出したのは、以前、東洋医学の本で読んだ大火傷の治療法だった。松の樹皮、当帰、黄柏、かしわの葉、ヘチマの葉、大黄、石膏、劉寄奴を灰になる直前まで焼き、ゴマ油で調合する真っ黒な軟膏だ。
しかし、中でも一番重要な松の1樹皮が、診療所にはなかった。一面田んぼが広がる村にもない。あるのは、診療所から10キロ離れた場所にある大きな河のほとりだった。
    
「私が走って取りに行くしかない!」

       ※ ※ ※ ※ ※

10キロといえば、宝珠の足ではどんなに急いでも何時間もかかる。しかも出発したのは夕方近く。道もハッキリと分からす、おまけに霧も出てきた。こっちだと思っていけば同じ場所に出て・・・。それを何度も繰り返してようやく着いたときは、もうあたりは真っ暗だった。
宝珠は急いで樹皮をナイフで取った。なくさないように大切に服の中にしまい、また診療所へと走った。診療所に着いたのは明け方近くだった。ドアを開けると、苦しそうに眠る揚昌君、それを呆然と見守る揚書記や建英の姿があった。 
   
「もう少しだから」

宝珠はそう声をかけると、火をおこし「膏薬」を作り出した。最後にゴマ油で調合したそれは、粘土状でドロドロした真っ黒なもの。揚昌君の体を塩水できれいに洗い、膏薬を厚く塗る。塗った瞬間スーッとするのか、それまで痛みで顔をしかめていた揚昌君が、見るからに安らかな顔になる。

「揚書記、この膏薬は絶対に洗い落とさないでくださいね。毎日1回、上に上に塗り続けてください。自然と膏薬が剥がれ落ちますから、それまでは絶対に無理に落としてはだめですよ」

真っ黒な膏薬で覆われた息子を不安げに見詰める揚書記に、宝珠は何度も何度も念を押した。
   
それから毎日、宝珠は揚書記宅を訪問した。10日ほど経ったころだろうか・・・   
 
 「先生、剥がれ落ちました!」

宝珠が揚宅のドアを開けたとき、揚書記の大声が聞こえてきた。
見ると、揚昌君の皮膚からポロポロと黒い膏薬が落ちていっている。そしてその下には、ピンクのきれいな皮膚が見えていた。ケロイドはまったくない。    

 「本当に、これは、もう、先生のお陰!」

大喜びする揚書記を前に、東洋医学のすごさを思い知った宝珠だった。


★蜂の子商品はこちら!
■コラム最新号へ 

●李宝珠 <リホウジュ>

中国四川省出身。中学時代から大病院で看護婦長の助手として、無償で働きながら医学を学ぶ。高校卒業後、人口4000人の寒村で働くことになるが、農作業の合間に怪我した農民の手当てや治療をしたことがきっかけで、農民から「赤脚医生」(=裸足の医者の意。地方で農作業をしながら医療活動を行う医者のこと)として絶大な信頼を寄せられるようになる。4年間にわたり、無医村であったその地でたった1人、内科、外科、産婦人科、小児科とあらゆる分野の医療活動を行った。
1993年にハチの子の健康食品を日本に紹介。その社会への貢献が認められ、2007年6月に元皇族伏見博士明殿下が総裁を勤める日本文化振興会より社会文化功労賞を受賞。現在、漢方の素材を使った健康食品を日本に販売する会社「(株)シンギー」の社長を務める。


Copyright (C) 2008 Ii Business Sozo Corporation. All Rights Reserved.