その昔、中国の寒村にたった一人の医師として奮闘していた十八歳の少女がいた。
足首を捻挫した宝珠
漢方の専門書や医学書を読みあさり、養蜂農家や生薬農家に教えを受け「赤脚医生」として成長していく宝珠。
多くの「師」の中でも、特に印象深いのが「半仙」と呼ばれた祈祷師だ。
ある日、宝珠は村で飼育されている豚の予防注射の手伝いをしていた。
「じゃあ、今から行くわね。せーのっ」
電気もない暗い豚小屋の中を、宝珠は豚に近づこうと、豚を囲む柵に足をかけ、えいっと飛び降りた。途端、足首に激痛が走り、その場にしゃがみ込んでしまった。着地したときに、足を捻挫したらしい。触るとジンジンと熱かった。しかし手伝いを放り出すわけにもいかず、宝珠は痛みをこらえてそのまま予防注射の手伝いを続けた。すっかり日が暮れた頃、宝珠は痛む足を引きずるようにして診療所に帰り、湿布をして眠った。
ところが翌朝、湿布の効き目はまったくなく、足首はいつもの2倍くらいに腫れ、自分の足ではないようだった。痛みも一層増して、ズキズキ、ドクドクと、まるで足首に心臓があるようだ。宝珠は自分で鍼を打ったり、湿布を変えてみたりしたが、一向に効果はなく、立ち上がることすらできない。
「宝珠、どうかした?」
宝珠が呆然としていると、以前、足の傷を縫ってあげた健斌さんが、いつものように農作業の合い間に、宝珠のところに顔を出した。
「健斌さん…足を捻挫しちゃって……。どうしよう、立ち上がることもできないのよ」
「これはひどい! こんなに真っ赤に腫れていたら、なかなか治らないよ!
そうだ、半仙のところまで連れて行ってあげるから、見てもらおう」
半仙は、当時多かった無医村で、医療活動を行っていた祈祷師のこと。祈祷を行い、同時に独自の知識と技術で病気を治すのだ。宝珠の村に半仙はいなかったが、歩いて2時間の隣村にならいる。健斌さんは歩けない宝珠を背負い、半仙のところまで連れて行ってくれた。
半分仙人のような祈祷師
やっとの思いでたどり着いた宝珠たちを出迎えた半仙は、髪の毛はボウボウでヒゲが伸び、まさに「半分仙人」といった風体だった。年齢はまったく見当がつかない。住んでいる家は汚く、掃除もほとんどなされていない様子だった。
「こりゃあ、痛いだろう。まあ、でもワシの薬を使ったら、すぐに治るよ」
本当にこんな人が治療できるのかしら…。半仙を初めて目の前にした宝珠は、半信半疑だった。 
「まずはこれ」と手渡された丸薬を、宝珠は飲んだ。そして次に半仙が戸棚から出して来たのは、真っ黒の液体が入った瓶。液を手に取り出し、宝珠の腫れ上がった足首に塗り、半仙はゆっくりとマッサージを始めた。
「なんだかスゴク強烈なにおいだなあ。 色も汚くて濁っているし……。こんなので本当に効くのかしら」
不安な宝珠だったが、しかし30分後。
「もう大丈夫だから、さあ、ちょっと立ってみて」
「うーん、本当に大丈夫?」
「まあ、だまされたと思ってやってみなさいな」
微笑む半仙に促され、宝珠は足をそっと床に下ろし、恐る恐る立ち上がった。と、驚いたことにまったく痛みがなく、普通に歩けたのだ。
「ウソみたい! ぜんぜん痛くない! この薬、すごく効くのね! なんていう名前なの?」
「飲んだのは半仙金剛丸という薬だよ。マッサージに使ったのは、同じ原料を酒に漬けたやつだね」
半仙金剛丸とは「穿山龍」と「鶏藤血」という薬草、そして山にいる特有のアリを粉末にして練って作った丸薬だ。当時、農村で多かった症状のひとつが関節痛で、これに非常によく効く薬として重宝されていた。
「私も自分で作ってみたいわ。作り方を教えてくれない?」
「ほほう。そんなに知りたければ、また来なさいよ」
それから宝珠は、時間が空くと半仙のところに行き、半仙金剛丸をはじめとする薬の作り方を教えてもらった。半仙が教えてくれる漢方薬は、漢方の専門書に載っているものと同じ名前でも、何かしら半仙独自の工夫が加えられていた。宝珠は、今まで知らなかった配合や作り方を学び、村人たちに処方した。半仙に教わった薬は効果が非常に高く「李先生、すごくよく効いたよ!」と喜ばれることが多かった。
村糖尿病にの夫婦に漢方薬を
半仙に漢方薬の手ほどきを受けるようになって3カ月ほど経ったころ、100人を超える下放青年の中で、宝珠はたった1人の優秀賞に選ばれ、県の知事から表彰された。そして知事の家に招待され、知事の奥さん手製の豪華な食事がふるまわれた。
「今日は本当に有難うございます。お料理、とてもおいしいです」
「遠慮なさらないでね。私たちも食べることが大好きなのよ。でもこの2、3年は、なかなかそうもいかなくて。私達、確かに一般の方よりもお金があって幸せそうに見えるかもしれないけど、本当はとても貧乏なのよ」
「貧乏って?」
「健康が貧乏ってこと。私たち、夫婦そろって消渇病(いまの糖尿病のこと)だってお医者様に言われたの。病院に通っているけど、なかなか良くならない。食事制限もきついし、健康で何でも食べられる宝珠が羨ましいわ」
村に帰った宝珠は、その話を半仙に話してみた。
「いい方たちなのに、とてもお気の毒なのよ。なにかいい漢方薬ないかしら?」
「それなら半仙金剛丸を飲ませたらいいんじゃないかい。消渇病にもよく効くよ」
宝珠は、さっそく知事夫妻に半仙金剛丸を薦めた。ところが知事の方は全く興味を示さない。そればかりか、「そんな半仙の言うことを信じるなんて。迷信じみていることばかりで、根拠がないだろう? 理知的な君がなぜそれほど半仙を慕うのか、私にはまったく理解できないね」と怒りさえ見せた。
しかし奥さんの方は違った。落ち込んで帰ろうとする宝珠のところにそっと近寄り、こう言ったのだ。
「そんなに言うのなら、私は飲んでみようかしら。病院の薬を飲んでもちっとも良くならないんだもの。よくなる可能性があるのなら試してみたいわ」
3週間後、宝珠は再び知事宅を訪れた。「ぜひ遊びに来てほしい」という連絡を受けたのだ。しかも「必ず半仙金剛丸を持ってきて」というメッセージとともに…。
ドアを開けると、前回に会ったときよりずっと顔色がよくなった奥さんが迎えてくれた。
「聞いて、宝珠! あれを飲み始めて2週間くらい経ったころかしら、ひどい口の渇きがなくなっていることに気がついたのよ! これまで何回もトイレに行きたくなることも悩みだったのだけど、それも減ったの。とにかくね、すごく体調がいいの。疲れもなくなったし、ご飯もおいしいのよ。ねえ、お願い。あれをもう少し分けてくれないかしら? 実は主人もね…」
奥さんの言葉をさえぎるように、知事も照れくさそうな顔で話し出した。
「いやあ、驚いたよ。あんなに効くとはね……。なんでもやってみないと分からないものだ。この間はすまなかったね。ぜひ私も金剛丸を試したいのだよ」
2人の嬉しそうな顔を見て、宝珠は喜びで胸がいっぱいになった。そして半仙に改めて尊敬の思いを抱くのだった。
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