その昔、中国の寒村にたった一人の医師として奮闘していた十八歳の少女がいた。
宝珠が中学を卒業し、高校に入学した年、政府によって「開門弁学」が奨励されるようになった。「机の上の勉強ではなく、学校を出て社会の中で勉強しよう」という意味だ。学校での授業は一切行われなくなり、生徒たちはそれぞれ工場か農村に派遣され、勉強することを義務付けられ、宝珠は工場に行くことになった。
「今日も"穴開け"作業頑張ろう!」 工場に向かう途中、宝珠は心の中でそう呟いた。ベルトコンベアに乗って運ばれてくる部品に、順々に穴を開けていくのが宝珠の工場での仕事だ。何も考えなくてもできる単純労働でも、宝珠にとっては社会への接点であり、とても新鮮だった。中学時代に続いて、高校に上がってからも病院での仕事は続けていたため「開門弁学」が始まってからは、時間がなく病院に行けない日が増えた。しかし、新しい環境の中でますます自分の中の医学への憧れが強いことを痛感し、次第に確固たる決意が芽生えていった。
「そうだ! 校長先生に話してみよう!」
ある"作戦"を、宝珠は同じ工場で学ぶ友人たちに話した。
「『学校を出て社会の中で勉強する』ということは、必ずしも『工場で働く』ことにならないわ。例えば病院だってきちんとした社会だもの! 病院で勉強することは、開門弁学に反したことにならないはずよ。校長先生に、『工場ではなくて病院で勉強させてください』って言おうと思うの」
「だけど、そんなことして平気?」
「ちゃんと話せば、校長先生だってきっと分かってくれるはずよ。ううん、何としてでも説得してみせるから!」
その日、工場での勉強が終わった後、宝珠は早速校長先生のところに向かった。最初、校長先生の返事はそっけないものだった。「病院での勉強なんて前例がないからなあ。工場での勉強を頑張りなさい」宝珠は、翌日も校長先生のところに向かった。2日続けてやって来た宝珠に少し驚いたようだが、答えはやはり「決まりだから、あきらめなさい」だった。
そして翌々日。宝珠は、校長先生にこれまで以上に熱を込めて、訴えた。
「病院で勉強することは決して損にはなりません。私、病院で働いているのでそれがよく分かります。患者さんの数に対して、看護師さんの数はとても十分とはいえません。だから、想像しているよりずっと仕事量は多く、大変です。毎日毎日新しい患者さんが来て、中には亡くなる方もいます。そういった環境で勉強することは、それこそ得がたい経験になるし、いい勉強になると思います。校長先生、お願いします! 工場ではなくて、病院で勉強させてください!」
「あなたは、前から病院で働いていたの?」
「はい。中学生のときから、学校が終わった後、病院で……」
宝珠は訴えるような気持ちで答えた。すると、今まで考え込んでいた校長が口を開いた。
「そうなのか。経験のある君がそこまで言うのだから、病院で勉強することは確かにいいのだろうね。分かった。じゃあ、君が所属しているクラスと、そしてもう1クラスは病院で勉強しなさい。しかし、しっかりと気合を入れてやることが条件だからね」
最後は宝珠の熱意に負け、校長が根負けをする形となった。 「ヤッタァ!」と踊りだしたくなるほどうれしい気持ちをグッと胸のなかに抑えて、宝珠は深々と校長先生に頭を下げた。「君はどうやってもあきらめそうにないからね」と、笑いながら言った校長先生の言葉が胸に残った。
宝珠たちの受け入れ先は、宝珠が働く病院になった。「授業」は、病院の中庭にイスを置いて行われた。勉強内容は解剖学からはじまり、病理学、薬理学、内科学、外科学など医学部の授業のように本格的な内容だった。一時間目は鍼灸、二時間目は外科学、三時間目は内科学というようにありとあらゆる科の先生が医学について詳しく話をしてくれた。久しぶりの勉強は、宝珠を夢中にさせた。つまらなそうに授業を聞いている生徒も多かったが、宝珠は毎日先生の一番近くに陣取り、ノートを取りながら熱心に聞いた。これまで理由がよく分からないままに行っていたことも、先生の話を聞くことで納得がいくことが多かった。
とりわけ鍼灸の授業は、宝珠にとって興味深いものだった。中学3年生夏休み、宝珠は母親と一緒に祖父母が住む天津で数ヵ月暮らしたことがある。そこで、祖父母の知り合いで、天津中医学院で鍼灸を教えている李兆英先生に鍼灸の基礎を教えてもらったのだ。鍼灸についての知識量が増えていくことが、宝珠には嬉しかった。
「鍼は速く打つと痛くありません。最初は新聞紙を重ねたものに鍼を打つ練習でいいですが、速く、的確に技術を習得するには、自分の体を使って練習をするのが一番です。微妙な感覚が分かりますからね」
「えーっ、絶対に無理ですよ」と口々に言う生徒の中で、宝珠は1人立ち上がって宣言した。「じゃあ、私はやってみます!」 もちろん、宝珠も自分の体に鍼を刺すことにかなりの勇気がいった。が、やるしかない!「がんばろう、がんばろう」と、小さな声でつぶやきながら、宝珠は脚や手に何度も鍼を刺した。痛くて涙が出そうになったが、歯を食いしばって練習に励んだ。慣れるにつれて、鍼がスッと速く皮膚に入るようになり、痛みも感じなくなってきた。
病院にどっぷり漬かった生活は1年間続いた。政策が変わり、学校での授業が再開され、高校2年生には「午前は学校、午後は医療」の生活に戻った。しかし、何十年も経った今でも宝珠は考えるという。あのときの、中庭での授業があったからこそ、医学の理論を頭の中に叩き込むことができたのだ、と。
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